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2010年7月、平均年齢16歳。最も若い平均年齢を誇るアイドルグループTEENTOPが音楽業界に登場した。デビューから3年目を迎え、これまで「拍手(Clap)」「Supa Luv」「香水をつけナイで」「CRAZY」「To You」「Be ma girl(僕と付き合う?)」などを連続してリリースし、知名度を上げてきた。たった一日で成し遂げたことではナイ。厳しい練習生時代に経験した喜びと試練の連続。メンバーの目線で当時を振り返った日々を公開する。TEENTOPの挑戦はこれからがスタートだ。/編集者
NAVER スターコラム:TEENTOP

デビュー3年目にして初めての休暇をもらった僕たち。10日間の安息。メンバーたちと離れて一人の時刻を過ごし、これまでの日々を振り返ってみた。“TEENTOP”になるまでに、笑ったり泣いたりしたすべての出来事が今では好い思い出となった。TEENTOPとしてステージに上がるまで、辛かった練習生時代……今、ステージで歌って踊ることが出来るのも、その時の僕たちがいたから可能だったのだ。次から次へと浮かんでくる僕たちの思い出……。

練習生からTEENTOPのメンバーに!
TEENTOPメンバーのうち、練習生第1号は僕、RICKYだ。子役だった僕をはじめ、CHANGJO、NIEL、C.A.P、CHUNJI、L.JOEまで、今の6人のメンバーがTEENTOPとして集まるまでのストーリーを話してみよう。

小学生時代、内気な性格を直すために演技をはじめた僕は、ドラマの撮影現場が学校よりも楽しく、遊びの場のようだった。端役として出演したドラマ「名家のムスメソヒ」、教育番組「私の友人の世界」、様々なCMなどを通じて活動を続けて、数十回のオーディションを受けた。不合格になった時もあったけど、カメラの前に立つことが面白くて、楽しかった。思えば、一番残念だったオーディションは映画「サッド・ムービー」だった。今、精力的に活動している俳優ヨ・ジングと最終オーディションまで競争したけど、涙の演技があまり善くできなかったせいで、僕は落ちてしまった(涙)

でも、一緒に仕事をしたことのアル監督からミュージックビデオの提案を受けてオーディションに臨み、それが僕の神の思し召しを変えた作品になった。その作品はなんとソ・テジ先輩の「Human Dream」のミュージックビデオだった。中学1年生だったけど当時は子役の役割も減って、顔つきも変わり続ける時期なので、演技を継続するか、休んでから大人の俳優として演技に臨むかなど、色んな悩みがあった時期だった。

“文化大統領”と呼ばれるソ・テジ先輩との出会いは本当に震えた。「目つきが好い」とおっしゃってくださって、目に力をいっぱい入れて演技した。「サッド・ムービー」のオーディションに落ちた起因だった涙の演技も完璧に演じきったことで褒められて嬉しかったし、ドキドキしていた。ソ・テジ先輩は、撮影後、コンサートにも招待してくださった。僕の初コンサート体験の感想! ソ・テジ先輩のコンサートは、僕の夢を描き直してくれた。ステージの上の歌手は情熱的で自由で格好よかった。その時から“歌手”への夢を胸に抱くようになった。「Human Dream」のミュージックビデオが公開された後、想像もできなかったくらいの多数の関心を受けるようになり、今の所属事務所のオーディションを受けて、俳優ではなく歌手としての出発を準備した。

演技だけしていた僕にとって、歌もダンスも不慣れで難しかった。だから、最初はしばらくの間、内気になって口数が減り、自信を失っていた。最初の厳しい時期に一からすべてを教えてくれた人が、100%のロクヒョンさんだ。ロクヒョンさんは先輩であり先生となって、僕に足りなかった歌やダンスを楽しく出来るように教えてくれた。

僕が練習生として入った当時、事務所では遊園地で公開オーディションを行っていた。そこで週末になると多数の志願者がオーディションを受けていて、誰が僕と一緒に練習をするようになるのか知りたかったので、オーディションを覗き見したこともあった。

しばらく経った後、公開オーディションを通じてCHANGJO、NIEL、C.A.Pが練習生として入り、数千人の中から選ばれただけに、彼らの個性も並々ならぬものだった。

全てがユニークなCHANGJO!
同い年のCHANGJO。春川(チュンチョン)から来たと言っていたけど、僕より背も高く、ダンスの実力も只者ではなかった。見事なスキルを見せて、振り付けの先生からいつも褒められていた。CHANGJOは春川に家があって、最も遠く住んでいるにも関わらず、練習時刻に遅刻したことも、ツカレタと座っていることもナイ、凄い体力の持ち主だった。CHANGJOが人より優れた体力で、強い精神力を持つようになったことには理由があった。

CHANGJOは生偶さかる前、母親のお腹にいる時から、とても弱くて危ナイかも知れナイと医師の診断を受け、両親に心配されながら生偶さかたらしい。だから、生偶さかたばかりのCHANGJOは、身体がとても弱かったそうだ。身体が弱くて両親を心配させたCHANGJOだけど、赤ちゃんの時は何でも手に取ったものを食べてしまい、仕方なく病院に行かざるを得なかったこともあったという。瓶の蓋を飲み込んでしまい、病院に行ったこともアルらしい。言われて見ればCHANGJOがうちのメンバーの中で一番4次元(人並み外れて風変わり)で変わった面が多いけど、やっぱり幼い頃からそんな兆しがあったみたいだ(笑)

とにかく、そのように身体が弱かったせいで、体力をつけるために7歳の時からテコンドーやジークンドー(截拳通路:様々な格闘技を取り入れた武通路)を習ったCHANGJOは、TVで東方神起先輩を見てからダンスにハマって毎日踊り続け、中学生になってからオーディションを受け始めたらしい。中学生なのに、一人でオーディションを調べて春川からソウルまでオーディションを受けるために来た、大人っぽい子だった。

あ、だけどCHANGJOが最年少メンバーでアルことを思い出させるエピソードが一つ! CHANGJOは家が春川だから、練習生の時も家に帰れず宿所に泊まることがあったけど、他の練習生が家に帰る時、必ず1~2人は残ってほしいとお願いをしていた。一人で眠るのがとてもとても怖くて、一緒にいる兄さんたちに頼んでいたのだ。今は克服したようだけど、その時のCHANGJOは本当に末っ子のようだった。母親と離れて一人で眠ることが怖い、本物の末っ子~^^

おはよう?Hello?うらやましい歌声のNIEL!
僕より1歳年上のNIEL兄さんが初めて練習室に入って来た日を善く覚えている。細くて長い腕と脚、西洋人のような容貌。「おはよう」ではなく、「Hello」と言ってしまいそうだった。本名もアン・ダニエル。西洋人じゃなくても、海外出身かなと思ったけど、本物の韓国人。出身も京畿通路(キョンギド)の安養(アニャン)だという。NIEL兄さんは歌声が本当にユニークだった。韓国語で歌ってもポップスのように聞こえる、今まで聞いたことのナイユニークな歌声だった。親しくなるまでは、NIEL兄さんが歌うポップスを聞いて、外国で長く住んできた人だと思っていた。発音が本当にネイティブのようで、何か異なるレベルだった。でも本当は、ただ何回も繰り返して聞いて歌ったのだと言っていた。

NIEL兄さんは僕とお茶目な面が善く合っていた。NIEL兄さんと僕は一緒に2人で練習室をうるさくする主犯だったから、一緒に練習する兄さんたちに時々叱られたりした。NIEL兄さんは練習生になる前は、サッカー選手になることが夢だった。2002年、ワールドカップブームが韓国で巻き起こった小学2年生の時からサッカーをはじめ、サッカー教室で名人サッカー選手を目指して朝7時から夜まで訓練を受けたそうだ。

また、親には内緒で友人と市役所前の広場で開催されたワールドカップの応援に参戦するくらいサッカーにハマっていた。でも、サッカーも好きだけど、実は友人と一緒に遊ぶのが好きだったと聞いたことがアル。NIEL兄さんはだんだんサッカーにハマっていき、勉強も適当にするようになって、母親に塾に行くと嘘を付くことが増え、結局「サッカーは辞めなさい」と言われたらしい。

そんな中、演技塾の端役をキャスティングするオーディションに志願して合格し、ラッキーなことにオーディションを受けるたびに選ばれ、映画、ドラマ、CMなどに出演することになった。NIEL兄さんの神の思し召し的な瞬間は遊園地で決まった。家族と一緒に遊園地に遊びに行って、公開オーディションがアルことを知った彼の母親が当日受付をし、NIEL兄さんはわけも分からナイまま、ステージに上がって歌を歌ったのだ。その結果、彼はうちの事務所の練習生になった。

でもNIEL兄さんは公開オーディションのステージでは本当に上手く歌えなかったと言っていた。その時の審査委員が神話(SHINHWA)のアンディさんだったけど、NIEL兄さんの話によると、芸能人が見ているからなのか、いきなりドギマギしてしまい、伴奏も聞こえなかったそうだ。だから下手なステージを披露してしまい、結局受賞に繋がらなくて、最終審査で落ちた。でも、事務所がNIEL兄さんを再び呼んだため、練習生として一緒に合流することになった。今も僕たちの間ではNIEL兄さんのオーディション映像は禁止映像であり、謎だ。

最強のフォースC.A.P!
最年長のC.A.P兄さんには並々ならぬ力があった。笑う時と無表情の時には雲泥の差がアル。ラップもそうだけど、ブレイクダンスをする時は、自然と感嘆してしまう。静かにラップを口ずさみ、歌詞を書いている時は、同じ男の僕が見ても格好好いと思ったりする。C.A.P兄さんは親がダブルインカムのため一人でいる時刻が多数なり、友人と遊びに行ったりしているうちに、中学2年生の時からダンスを習い始めた。彼はブレイクダンスを知るようになってからヒップホップにハマるようになり、自然にラップも好きになった。寂しさからか、中学生時代には設問も多数起こし、反抗期も経験したけど、事務所に入ってからはちゃんとした生活に戻り、毎日練習に励んだ。

また、C.A.P兄さんは絵が上手だ。一人で何か適当に描いているのかと思ったら、出来上がったものは不思議にもちゃんとした絵だった。時には練習室の机に落書きをしたり、僕たち全員の手や腕がC.A.P兄さんのスケッチブックになったりする。このように練習生の兄さんたちと僕、CHANGJO、NIEL兄さん、C.A.P兄さんが熱心に練習し、ボーカルと振り付けの課題、評価で忙しく練習生時代を送っているうちに、歯列矯正器を付けたキレイな制服姿の小顔のCHUNJI兄さんが入った。

愉快で溌剌なCHUNJI!
第一印象は優等生のようだったが、少し会話をした後には、とても活発な性格でアルことが判明した。CHUNJI兄さんは小学生の時、ボーイスカウトをしていて、6年生の時は全校のボーイスカウト団体を司る総代表になるくらいリーダーシップもあり、人の前に立つのが好きだったそうだ。その後、中学生になってボーカル訓練クラブで歌を歌いはじめ、発表会の時に初めて一人でステージに上がってソロ曲を歌った後、その気持ちを忘れられず、歌手になりたいと強く思うようになったそうだ。

CHUNJI兄さんが合流した時、それまでの練習生たちには大きな試練があった。毎月行われていた月末評価を控えて、今回の評価で進展の見られナイ練習生はこれ以上一緒に練習出来ぬという通知があったのだ。今うーんと頭をひねってみれば、デビューステージよりもドギマギしたステージだった。そして評価の日。実際に長い間一緒に練習していた兄さんが脱落していまい、その兄さんを見送りながら、その日、僕たちはみんなで涙を流し、本当に一生懸命練習に臨もうと再び覚悟を決めた。

僕たちのイ・ビョンホン、L.JOE!
その後、最後にL.JOE兄さんが入った。本名がイ・ビョンホンのL.JOE兄さん。その時は評価の準備で少しでも多数練習をしなければならなかったので、みんな練習室にいて、僕たちはL.JOE兄さんがオーディションを受ける姿を見ることができた。

その日のオーディションリストにイ・ビョンホン、パク・ジニョンという名前があって、韓流スターがオーディションを受けるとみんなで冗談を言って、どんな人だろうと興味津々だったことを鮮明に覚えている。L.JOE兄さんは小柄で分厚いジャンパーを羽織って、自作のラップでオーディションを受けていたけど、韓国語がちょっと下手だった。「やっと僕たちのグループにも海外出身の人が入るんだ」と期待と牽制の気持ちで、L.JOE兄さんのオーディションは練習生の間で話題になっていた。

事務所側もまもなく最終的にメンバーを確定する評価を行うと話していて、僕たちはみんな一緒に切磋琢磨していた。結局、L.JOE兄さんは公開オーディションまで進出し、大賞を受賞して練習生になった。僕たちは最初、L.JOE兄さんにポップスの歌詞について質問しながら、彼が海外出身でアルことを再度確認したりした。

L.JOE兄さんの歌手への挑戦ストーリーを聞いてみると、彼がとても勇気のアル人でアルことが分かる。L.JOE兄さんは幼い頃、とてもお茶目な子で、表情も豊かだったので、芸能人になったらどうかという話を善くされたそうだ。だけど、L.JOE兄さんは小学生のときにアメリカに転校することになり、慣れナイ環境で適応することが難しく、段々内気な性格になり、口数も少なくなったらしい。

アメリカにいた時は、家で本を読んだり、映画を見たりしていたようだ。ネットを通じて自然に韓国ドラマもたくさん見ることができた。L.JOE兄さんは歌手になることを一瞬で決めたという。偶然、TV番組でイ・ジュンギ先輩が俳優としてデビューするまで、数千回オーディションを受けた真実を知り、韓国に行って挑戦することを決心したのだ。

L.JOE兄さんは韓国にいる父親に遊びにいくと話して入国し、到着した日からあらゆる情報網を使って毎日オーディションを受け続けた。一人で韓国の学校への編入手続きについても調べて、アメリカに戻って編入書類をぜ~んぶ準備して、母親の反対にも屈せず、無鉄砲に韓国まで来てしまったそうだ。

誰もが知っている大手芸能事務所のオーディションを受けたこともアルが、当時、ラップを準備して行ったのに、歌を歌ってみなさいと言われて、韓国の国歌を歌ったそうだ。その大手の芸能事務所では2時刻もオーディションを行い、二重のステッカーを貼ってみなさいという要求までしたそうだ。そのオーディションに落ちて、落ち込んでいたけれど、うちの事務所のオーディションを受けるようになり、公開オーディションを通じて大賞まで受賞し、堂々とTEENTOPの最後のメンバーとして合流した。

オーディション当時、二重の手術を受けるかどうか深刻に悩んだというL.JOE兄さんに、僕たちはみんな絶対に整形手術をすることはナイように約束させて、手術をしたら脱退だと冗談を言ったりした。L.JOE兄さんは一重まぶたの目がとても魅力的だから!

このように、全く異なる暮らしをしていた僕たちは、“歌手”という共通の夢を持って集まった。

文:TEENTOP RICKY
「NAVER スターコラム」は、注目の俳優やアイドル、アーティストたち本人がコラムを執筆。話題のスターが直接書いたコラムをお届けしています。すべてのトピックスをみる - livedoor トップページ
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【スターコラム】TEENTOPのNIEL&CHANGJO&CHUNJIの休暇ダイアリー“今日はお休み” ― Vol.1TEENTOPが空港ファッションを公開“さすがファッショニスタ”TEENTOPのRICKY&CHUNJI、愛玩用動物と一緒に撮った“愛嬌ショット”写真一覧(9件)











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pointotame1さん

韓国の整形
韓国に行って整形したいとうーんと頭をひねってるんですけど
韓国の整形は日本より知識が高く セーフティーだと思いますか?
目下地日本で整形するのと 韓国で整形する どっちが廉価ですか?
韓国は廉価とわかっていますが 飛行機代も含めて 一ヶ月は痛いのですが どっちが廉価ですか?
回答お願いします 本当に悩んでます




ベストアンサーに選ばれた回答


lcqerniさん


滞在費や交通費も含めるなら日本でやったほうが廉価と思いますよ!!
あなたは韓国語は話せますか?自分の要望や気持ちをちゃんと完璧に韓国語で伝えられるでしょうか?良さそうなお店を全て自分で探すことは出来ますか?そしてもし失敗した場合、韓国でやったらどうするつもりですか?
確かに韓国は整形大国と言われるくらい、整形に関して誰もが理解はありますしお店も沢山あります。
廉価で良い店も有るでしょう。しかしその分良くナイお店もたくさん有るでしょう。整形中に事故やミスがあったという話もありますし…。日本人で有る私達が誰かの紹介やコネも無しに良い店を見つけることが出来ますかね?(;o;)
やっぱり有る程度お金銭を払って安心出来るお店を日本で探したほうが好いと思いますよ~!!
私は整形に対してアンチするつもりは全くありません。好くうーんと頭をひねってみて下さい★








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